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     恐怖は不快な感情であり、現実もしくは想像上の危険、喜ばしくないリスクに対する強い生物学的な感覚である。
     生き物として避けるべきことを示すサインであり、安全への退避行動を起こす役目を果たすものである。

     恐怖をもたらす対象を避けようとすることは至極当然の行動だと言える。
     たとえば、人間が恐怖状態に陥ると、心拍数や呼吸数の増加し、脚などの筋肉に血液が集中し、回避行動の準備に入る。

     しかし、恐怖をもたらすものに、繰り返し触れようとする嗜好が存在する。
     恐怖を主題として読者に恐怖感を与えるためにつくられた創作物は数多い。
     また遊園地に設置されている遊具(アミューズメント・ライド)の中で、絶叫マシン(スリル・ライド)と呼ばれるジャンルが今も優勢を誇っている。
     これらはすべての人に愛好されている訳ではないが、根強い人気を誇っており、中でも愛好者は繰り返しこれら恐怖刺激に触れることを嗜好する。

     これら恐怖へのアディクトはどんな風に形成され維持されるのだろうか?
     これに答える仮説のひとつが、獲得動機(acquired motive)に関する相反過程説 opponent-process theoryである。

    ※ Solomon, R. L. & Corbit, J. D (1974)., An Opponent-process Theory of Motivation : Temporal dynamics of affect, Psychological Review, 81.


    相反過程説 opponent-process theory

     相反過程説によれば、刺激は2つの対立する過程を起こすとされる。

     刺激によってすぐに起こる生体の反応をaプロセスと呼ぶ。
     これに対して、恒常状態を保とうとする生体においては、aプロセスが生じると、それに対応して反対の方向のプロセスが生じる。これを bプロセスと呼ぶ。
     生体が感じるのは、aプロセスとbプロセスの引き算の結果である。

    aプロセスの特徴
    ・刺激によってすぐに生じる。
    ・強さと継続時間は刺激によって決まる。
    ・繰り返し経験してもさほど変わらない(が、少しずつ小さくなる)。

    bプロセスの特徴
    ・aプロセスよりも遅れて生じ、刺激が消えaプロセスがなくなった後、遅れて消えていく。
    ・繰り返し経験するうちに、aプロセスに対する遅れは次第に短くなり、消える速度も緩やかになる。



     相反過程説は、刺激がもたらす感情の強さと質の時間的変化を説明する仮説である。

     SolomonとCorbit(1974)がまとめた例の一つをアレンジして説明しよう。

    1.何気なく歩いていると、好きな人にばったり出会う。
    2.言葉を交わしていると喜びの興奮と幸福感が高まっていく
    3.それを続けているとやや落ち着いてくる
    4.互いに用事があるので別れると、しばらく寂しい気持ちがおそってくる
    5.しかし時間とともに、その気持も落ち着いていく。



    同じことは不快な刺激についても言える。今井(1988)が挙げる例を見てみよう

    ※ 今田寛(1988)「獲得性動機に関する相反過程理論について 1」『人文論究』38(1),pp.45-62

    1.平静な状態から高温のサウナ室に入る
    2.しばらくすると熱のために苦痛と不快におそわれる
    3.しかし、それをしばらく我慢していると馴れがおこってやや耐えられるようになり、それがしばらく続く
    4.次にサウナ室を出ると、ほっとした開放感を伴う快さを経験する
    5.しかし時間とともに再び感情はもとの平静なベースラインの状態に戻っていく



    快/不快のどちらの場合も、グラフにするとこんな感じとなる。

    sdpattern2.png
    (クリックで拡大)

    出典:今井(1988)、図1

     刺激は横軸の網目で表した時間だけ続くとする。
     刺激がはじまると、快刺激なら快感情が、不快刺激なら不快感情が、一次的感情として急速に高まり、刺激が続くと順応が生じて安定水準のレベルまで下がって落ち着く。
     刺激がなくなると、一次的感情とは反対の後反応が生じて、快感情から不快感情へ(あるいは、不快感情から快感情へ)と反応は振れ、これもしばらくすると収まる、というように時間的に変化していく。

     SolomonとCorbitは、こうした時間的変化を〈感情の動的変化の標準パターン〉(Standard Pattern Affective Dynamics)と呼び、やや複雑にみえるこうした時間的変化を説明する内部プロセスとして、先述の時間差のあるaプロセスとbプロセス、そしてその間の引き算を想定した。

    a-b_graph.png



    刺激が繰り返される場合

     相反過程説のキモは、こうした快/不快をもたらす刺激を、反復経験した場合の予測と説明にある。
     
     刺激に即座に反応するaプロセスは刺激を繰り返しても変わらないかやや小さくなるだけだが、bプロセスは刺激を繰り返すと、より立ち上がりが速くなり、しかも長引くようになっていく(下グラフの中段)。

     するとaプロセスとbプロセスの引き算で生まれる〈感情の動的変化の標準パターン〉は、下のグラフの上段のように変化する。

    OpponentProcLearn2.png
    (クリックで拡大)

    出典:今井(1988)、図5


    快刺激の場合

     つまり、快をもたらす刺激の場合は、繰り返すことで快レベルは下がり、その反対に振れる後反応による不快レベルは増し、しかも長引くようになる。
     恋する者の例に戻れば、繰り返すうちに、会うことの喜びは減り、離れていることによる悲しみは深く長く続くことになる。
     この例は、たとえばアルコールやタバコのような嗜好品を摂取する経験に、そして薬物をはじめとする様々な依存症の問題に応用できる(むしろこれらの例の方が分かりやすい)。

     たとえば喫煙が習慣化すると、一服の煙草が与える快感は最初の頃よりも減少し、以前と同じ効果を得ようとすれば、より強い/より多くの煙草が必要になる。
     さらに吸い終わった後の煙草への渇望感はより強く、またより長く続くようになる。そうして不快な渇望感から逃れるために次の一服が必要となり、これらのメカニズムがチェーン・スモーキングを(他の薬物なら薬物依存を)引き起こすことになる

    ※ 相反過程説は、薬物耐性(tolerance)や薬物依存(dependence)、嗜好(addiction)について一定の説明を与えるが、相反過程説だけでは説明できない部分も少なくない。例えば、相反過程説に依拠すれば、刺激の繰り返しすなわち薬物の反復使用だけで薬物耐性ができることになるが、実際の耐性の形成は状況依存的であり、他の諸条件が関与している。

    dependent.jpg

    出典:Koob GF (2013) Addiction is a reward deficit and stress surfeit disorder. Front. Psychiatry 4:72., FIGURE 3
    http://dx.doi.org/10.3389/fpsyt.2013.00072




    不快刺激の場合

     不快をもたらす刺激の場合も同様に、繰り返すことで不快レベルは下がり、その反対に振れる後反応による快レベルは増し、しかも長引く。
     サウナの例に戻れば、暑さによる不快感は小さくなり、サウナから出ることの快感は大きくなり、より持続することとなる。

     そしてこの例は、我々の探求テーマだった〈恐怖の嗜好〉について応用できる。
     Epstein(1967)は、落下傘兵(parachutist)の落下経験(回数)と感情の関係を調べ、初落下時の恐怖は経験を積むにつれて薄れ、代わって多幸感(euphoria)を感じるようになること、そしてこの多幸感が落下傘兵を続ける強い動機になっていることを報告している

    ※ Epstein S. (1967) Toward a unified theory of anxiety. In: Maher BA (ed) Progress in experimental personality. Research, vol 4. Academic Press, New York, pp 2–90.

     我々がバンジージャンプやスカイダイビングを楽しめるようになるのは、恐怖刺激に対する反動(bプロセス)がもたらす多幸感(euphoria)が反復によって強くなっていくからだが、同じことが、たとえば人を傷つけることに関しても生じ得る。
     初期の研究者が考えていたのと異なり、相手を殺して失敗してしまうのは経験の浅い拷問人ではなく、むしろベテランの拷問人の方がである。拷問人の中には、拷問を繰り返し行うことによって苦痛が減り、反動(bプロセス)がもたらす多幸感(euphoria)を求める者がいるのである。怖い話になってしまった。

    ※ Baumeister, R. F. (2012). Human evil: The myth of pure evil and the true causes of violence.
    in Mikulincer, Mario (Ed); Shaver, Phillip R. (Ed), The social psychology of morality: Exploring the causes of good and evil. Herzliya series on personality and social psychology., (pp. 367-380).



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