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     ものを知らない自分のような人間が、最もよく使う書物は、どうしても辞書になる。
     
     けれども、普段使いの辞書たちは、紙の書物ではない。
     できるものはすべてデータ化されて、コンピューターや携帯端末に入っている。

     辞書の持つべき検索性と携帯性は、とっくに紙の辞書を凌駕してしまっている。
     紙の事典だと何十巻になる複数の事典と辞典が、検索ソフトを使うと一度に引ける。複数の辞書を引くことが重要なのは、辞書は必ずどこか間違っているものなので※※、引き比べしないと危ないからである。
     全文検索できることも含めて、百科事典は〈複数冊の綴じた本〉のという形態から解放されて、ようやくそのポテンシャルを現実のものにしたと思える。

    ※ 梅棹忠夫は、アフリカ大陸でのフィールドワークに際して、平凡社の世界大百科事典を含めて大きな荷物は先に送っておいたのだが、現地に行ってみると百科事典だけが届いていた(のでそれで切り抜けた、って一体何を?)という珍事を経験している。フィールドワークに紙の何十巻ものを送るというのが、このエピソードを読んだ時には衝撃だったが、今ではどこに行くのにも同行する携帯端末に数種類の百科事典に専門事典などを含む辞書データが検索アプリとともに入っている。

    ※※ このことは複数の辞書を引くようになるとすぐ気付く。例えば人物の生没年を調べると分かる。誰もが知る有名な歴史上の人物でも一致しないことはままある。
     紙の辞書でこれを習慣的に行うのは辞書マニアかよほど知的体力のある人だけだったが、現在では辞書の準備さえしておけば労力は一つの辞書を引くのと変わらない。



     勿論、すべての辞書がデータ化されている訳ではない。
     電子辞書専用機に搭載される辞書がどれも似たり寄ったりなように、ニーズを見込める汎用性の高いものほどデータ化される可能性が高いとすれば、特殊/専門的なものは今でも紙の辞書に当たらねばならない。
     しかし本当に特殊/専門的なものは、そう度々引くわけではない。すぐ側にある必要はそれだけ薄いので、これも座右の書というには当たらない

    ※国会図書館のデジタルコレクションのおかげで図書館に行かないと引けなかった大部の辞書のいくつかが、データ化してコンピュータや携帯端末に入ることになったが、今回は割愛する。以下の記事を参照。

    今すぐ無料で手に入る150の辞書ー国会図書館デジタルコレクションが提供する日本の辞書を分野別に紹介する 読書猿Classic: between / beyond readers 今すぐ無料で手に入る150の辞書ー国会図書館デジタルコレクションが提供する日本の辞書を分野別に紹介する 読書猿Classic: between / beyond readers




     しかし、データ化した汎用の辞書と、特殊な紙の辞書の間にあって、手に届く場所にあって繰り返し手を伸ばす紙の事典が、自分にはある。
     そしてデザインの関係から、これは今のところ紙の辞書であって欲しい書物である。
     
     邦訳は複数の出版社から出ているが、元をたどればDeutscher Taschenbuch Verlag(訳すと「ドイツ文庫出版社」という感じ) によるdtv-Atlasというシリーズの図解事典がそれである。原書は末尾の表にまとめたように、かなり版を重ねているものも多い。
     
     フルカラーで左ページに図解、右ページに本文を、見開きで載せるような基本構成をとっている。
     半分を図解に取られてしまうので、事典としての本文に使える紙面は半減するのだが、にも関わらずかなりの項目を説明する。
     必然的に1項目あたりの文章量はかなり少なくなるのだが、読んで分かるように書くことを断念しておらず、知らない人が読んでもわからない(残念だがよくある)辞書記述のレベルを完全に脱していて、知りたいことだけでなく、知らなかったことに出会える確率が高い。
     そしてあとの半分である図解である。私見というより偏見だが、ドイツの図解は世界一だと思う。写真や写実的イラストをふんだん使う豪華さのかわりに、線数の少ないイラストレーションで理解してもらいたいポイントをすっきり伝えるところが好ましい。

     この図解と本文が相まって理解が促進されるだけでなく、この見開きのおかげで、ぺらぺらページをめくって「ああ、そうだった」と記憶を呼び起こす効果もとても高い。これが考え事している時に、ファーストハンドで(キーボードを叩くより速く)引けるよう手元に置く理由である。
     
     具体例をひとつ挙げてみよう。
     先日「KKK(クー・クラックス・クラン)」という言葉をひさびさに耳にした時のことである。
     手元の『カラー世界史百科』を開き、索引に当たると、401ページと429ページへの参照がある。今、知りたいのは、KKKの登場というより再登場についてである。したがって429ページに進むことになる。
     このページにはアメリカ合衆国の〈ビッグ・ビジネス〉の時代(1919-26)という項目が配置されている。
     このページをざっと眺めると、この時代について、以下の項目を確認できた。
     

    ・農村と都市の対立(アングロ・サクソン系新教徒の農民 vs インテリ・技術者・経済専門家)
    ・KKKの構成員1924年に500万人=黒人・カトリック教徒・インテリ・禁酒法反対者への攻撃(→〈アメリカ出生主義〉と〈白人およびプロテスタント優越主義〉を運動のスローガンとして,〈外国的なもの〉と〈不道徳性〉をその主要な敵とする)
    ・〈北方〉人種優先論により影響を受けた法律(1921,1924)による移民制限
    ・厳しい関税法(1921,1922,1930)
    ・行政活動の収縮・減税で企業支援
    ・大富豪A・メロンの財務長官(二人の大統領)
    ・ワシントン会議(1922)(日本にとっては日英同盟と石井・ランシング協定の廃棄)



     こうして得られる情報は、「KKK(クー・クラックス・クラン)とは何か」に対する答えではなく(それは普通に事典を引けば得られるものである)、「KKK(クー・クラックス・クラン)を知るのに何について調べるべきか」の答え(糸口)である。
     したがって、この〈座右の書〉は、辞書に先立って参照される。
     糸口/切り口が見つかり、検索すべき事項が広がっていくと、データ化された辞書の一括検索の繰り返しが頼りになる。
     


     以下では、dtv-Atlasのうち、邦訳のあるものを紹介しよう。
     

    カラー世界史百科(平凡社)

    カラー世界史百科カラー世界史百科
    ヘルマン・キンダー,ヴェルナー・ヒルゲマン,前沢 伸行

    平凡社
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     1964年にスタートしたdtv-Atlasシリーズで、最初に出版されたdtv-Atlas zur Weltgeschichte。
     原著は全2巻で、英訳(The Penguin atlas of world history.やThe Anchor atlas of world history)も2巻本だが、平凡社版はこれを1冊にまとめ、厚さ3センチある分厚い新書版にした。
     この邦訳登場当時には『史學雜誌』に「一見高校生用の世界史ハンドブックとも見え」るが、「しかしこれは実はドイツで一人前以上の歴史家も愛用しているdtv-Atlas Weltgeschichteの邦訳で、内容はきわめて豊富かつ詳しいのである。」という書評が載ったほど※。先史時代から現代という歴史順、同時代についてはエリアごとに構成された600頁近い本文、60頁で13000項目を列記する索引、図解には500点を越える歴史地図を配する。
     アジア史がやや手薄なのは仕方がないが、邦訳では藤田正典・堀淳二氏が加筆し、地図についても8点を追加している。

    ※坂井 栄八郎(1979)「成瀬治監修『カラー世界史百科』, 平凡社, 一九七八・四刊, B6変, 六二四頁」『史學雜誌』88(3),p.380
    http://ci.nii.ac.jp/naid/110002364583/



    カラー生物百科(平凡社)

    カラー生物百科カラー生物百科


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     dtv-Atlas zur Biologie(1966)の翻訳。
     世界史は歴史順という配列になっていたが、こちらは、生物学とはなにか、その研究方法どうかといった基本的なところから始め、生物学の全領域を解説する教科書のようなつくり。巻末には約5000項目に上る索引があり、こちらで各項目を検索する。
     新書版、527頁。



    カラー天文百科(平凡社)
    カラー天文百科カラー天文百科
    Joachim Herrmann

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     Dtv-Atlas zur Astronomieの翻訳。
     このシリーズに違わぬ見やすさと情報量、網羅性と詳細さ(広くそこそこ深く)で、長くアマチュア天文家に愛されたハンディ事典。天文部の部室には必ずある(べき)と言われた名著。
     このコンパクトにまとまり、知りたいことは(よほど特殊か専門的なことでない限り)大抵載っている、というのが愛された理由であった。
     新書版、341頁。



    カラー 図解音楽事典(白水社)

    カラー 図解音楽事典カラー 図解音楽事典
    ウルリヒ ミヒェルス

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     原著dtv-Atlas zur Musikは2巻本で、第1巻が1977年、第2巻が1985に出版。
     白水社の邦訳はこれを1巻にまとめたもの。
     体系編と歴史編で構成され、体系編では音楽を扱う各学問の概説(音楽学、音響学、聴覚生理学、音声生理学、楽器学)、音楽理論、曲種と形式の解説を扱い、歴史編では先史、古代、中世、ルネサンス、バロック、古典派、19世紀、20世紀の順に叙述する。
     人名2000人、事項数5500以上を扱い、図解には譜例、理論の図解、楽器の説明、年表、地図などを配する。索引には、人名索引、題名索引、地名索引、事項索引、欧文索引を備える。
     A5版、665頁。
     


    カラー図解 物理学事典(共立出版)

    カラー図解 物理学事典カラー図解 物理学事典
    Hans Breuer,Rosemarie Breuer,杉原 亮,青野 修,今西 文龍,中村 快三,浜 満

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     dtv-Atlas zur Physik全2巻をまとめて一冊に。原著は1993年初版から版を重ねているが、増補を含む第7刷(2005年)を翻訳。
     力学、熱力学、光学、電磁気学の古典物理を中心に、最後の二つの章で、固体物理学や相対論や量子力学などを扱う構成。
     用語・概念を概説する本文と、グラフや数表に年表、概念の図解、そして様々な装置の簡にして要を得たイラストが理解を助ける。
     付録に古典物理学の重要人物、古典物理学の重要事項、ノーベル物理学賞受賞者。人名索引と事項索引を備える。
     菊版、412頁。
     

    カラー図解 哲学事典(共立出版)

    カラー図解 哲学事典カラー図解 哲学事典
    Peter Kunzmann,Franz-Peter Burkard,Franz Wiedmann,Axel Weiβ,忽那 敬三

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     原著dtv-Atlas zur Philosophieの初版は1991年だが、この書も版を重ねており、邦訳の底本となったのは大増訂がなされた第7版の後の第10版。
     わずかな東洋哲学の言及の後、西洋哲学を古代から現在へ向けて哲学史的な順序で配列。20世紀についてもかなりの紙面を割き、解釈学や構造主義まで扱っている。
     本文では、簡潔だが喚起的な叙述で思想家間の遠い関連をもすくい上げる。たとえばアウグスティヌスの懐疑の克服がデカルトと類似の思考に至る事を指摘し(「私が自分を欺く時、私は存在している」)、モンテーニュの思索に実存哲学の先駆を見出している。
     そして図解では、哲学者たちの活躍した時代と場所を年表と地図で表す他は、数多くの抽象概念の図解化に挑戦し、かなりの成功を収めている。私見では、最もすぐれた哲学の図解化だと思う。これを成し遂げたイラストレーター アレックス・ヴァイスは、イタリアのヴェローナに由緒ある人文学者フェリーチェ・フェリチアーノの名を冠した賞を受けている。
     菊版、272頁。


    カラー図解 数学事典(共立出版)

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    Fritz Reinhardt,Heinrich Soeder,Gerd Falk,浪川 幸彦,成木 勇夫,長岡 昇勇,林 芳樹

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     2巻本の原著dtv-Atlas zur Mathematikを1冊にまとめて翻訳したもの。
     数理論理学から集合論・代数・幾何・解析・応用数学の項目(数理論理学、集合論、関係と構造、数系の構成、代数学、数論、幾何学、解析幾何学、位相空間論、代数的位相幾何学、グラフ理論、実解析学の基礎、微分法、積分法、関数解析学、微分方程式論、微分幾何学、複素関数論、組合せ論、確率論と統計学、線形計画法)を概説し、フルカラーの図と解説文をうまく連動させている。
     菊版、512頁。


    カラー図解 学校数学事典(共立出版)

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    Fritz Reinhardt,Carsten Reinhardt,Ingo Reinhardt,長岡 昇勇,長岡 由美子

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     dtv-Atlas zur Mathematikの著者の一人Fritz Reinhardtが、自身の子供たちを図版作成者にむかえてつくった、学習者向けの数学事典。
     ドイツの中等教育は複線型で、6 歳〜10 歳の基礎学校(Grundschule)の後、,職業訓練を受ける学校と大学進学の準備をする学校(ギムナジウム)に分かれるが、この書は、ギムナジウムで教える数学の内容、生徒が自習する際に要領よく調べることができるよう図解と解説文でまとめたもの。
     年齢で言うとギムナジウムは日本の小学校高学年から大学初年度に当たるが、数学をどこかであきらめた人たちには、こちらの事典がオススメである。日本の数学の教科書に比べ,公式の意味や証明がかなり詳しく書き込まれており、豊富な図も自分で描いてみる参考になる。
     菊版、272頁。


    ◯おまけ dtv-Atlas シリーズ・リスト

    テーマ巻数著者図解初版年最新版(発行年)
    Weltgeschichte(世界史)2Werner Hilgemann, Hermann Kinder196443. (2015)
    Biologie(生物学)3Hartmut Angermann, Günter VogelInge und István Szász196610. (2002) 10. (2002)
    Chemie(化学)2Hans BreuerRosemarie Breuer1971/19789. (2006)
    Astronomie(天文学)1Joachim HerrmannHarald und Ruth Bukor197315. (2005)
    Baukunst(建築)2Werner MüllerInge und István Szász1974/198116. (2015)
    Mathematik(数学)2Fritz Reinhardt, Heinrich SoederGerd Falk1974/7711. (1998)
    Anatomie(解剖学)3Werner Platzer1975/767. (1997) 7. (1997)
    Atomphysik(原子物理学)1Bernhard Bröcker19766. (1997)
    Musik(音楽)2Ulrich MichelsGunther Vogel1977/198516. (2011)
    Deutsche Sprache(ドイツ語)1Werner König197817. (2011)
    Namenkunde(地名学)1Werner KönigHans-Joachim Paul197817. (2011)
    Physiologie(生理学)1Agamemnon Despopoulos, Stefan SilbernaglWolf-Rüdiger Gay, Barbara Gay19794. (1991)
    Deutsche Literatur(ドイツ文学)1Horst Dieter SchlosserUwe Goede198311. (2010)
    Psychologie(心理学)2Hellmuth BeneschKatharina von Saalfeld19876. (1997)
    Physik(物理学)2Hans BreuerRosemarie Breuer1987/19885. (2005)
    Ökologie(エコロジー)1Dieter Heinrich, Manfred HergtRudolf Fahnert, Rosemarie Fahnert19905. (1998)
    Philosophie(哲学)1Franz-Peter Burkhard, Peter KunzmannAxel Weiß199116. (2015)
    Stadt(都市)1Jürgen HotzanFlorian Ulrich19942. (1997)
    Akupunktur(鍼灸)1Carl-Hermann HempenUlrike Brugger199512. (2014)
    Informatik(情報理論)1Hans BreuerRosemarie Breuer19951997
    Erste Hilfe(応急処置)1Harald Karutz, Manfred von ButtlarJörg Mair1999
    Ernährung(栄養学)1Michael Schwenk, Gaby Hauber-SchwenkJörg Mair2000
    Englische Sprache(英語)1Wolfgang Viereck, Karin Viereck, Heinrich RamischWerner Wildermuth2002
    Keramik und Porzellan(陶磁器)1Sven FrotscherBirgit Frotscher, Sven Frotscher2002
    Schulmathematik(学校数学)1Fritz ReinhardtCarsten Reinhardt, Ingo Reinhardt2002
    Recht(法律)2Eric HilgendorfSusanne Jünger2003/081. (2008)
    Bibel(聖書)1Annemarie OhlerTom Menzel20045. (2011)
    Ethnologie(民族学)1Dieter HallerBernd Rodekohr20052. (2010)
    Sexualität(セクシャリティ)1Erwin J. HaeberleJörg Mair2005
    Erde: Physische Geographie(地球:自然地理学)1Dieter Heinrich, Manfred HergtRudolf Fahnert2006
    Pädagogik(教育学)1Franz-Peter BurkhardAxel Weiß20081. (2008)
    Politik(政治学)1Franz Kohout, Bernd Mayerhofer, Andreas ViereckeWerner Wildermuth20103. (2013)


     
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