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    少女:聞きたいことがあるんだけど。プログラミングとかする?

    少年:しない。

    少女:前に何かちょこちょこっと作ってたことなかった?

    少年:コンピュータ周りの雑用をやらせるスクリプトのこと? 大抵は数行くらいの使い捨てだけど。繰り返し使ってるのは、近代デジタルライブラリーからダウンロードして一つのファイルにまとめる奴くらい。

    少女:あ、それ欲しい。そういうのってどうやったら作れるようになるの?

    少年:うーん、こういうのは禁煙さんが詳しいんだけど。よく使ってるのはPythonってプログラミング言語だけど、これも禁煙さんのオススメだったし。

    少女:そうなんだ。ねえ、今度一緒に禁煙さんとこ行かない?

    少年:いや、それはちょっと。

    少女:あれ?苦手だっけ?

    少年:少し。コンピュータの話になると、あの人ちょっと…・・・。

    少女:ふーん。じゃあ禁煙さんに教わったこと、教えて。

    少年:教わったっていっても大したことじゃ。「とりあえず、これ読め」とか、そういうのだし。

    少女:それそれ。何を読んだのか、具体的にそこを教えてよ。



    Pythonとコピペ・コーディング

    少年:Pythonは、特に本は見てなくて、公式サイトのドキュメントだけ。「Python のセットアップと利用法」(http://docs.python.jp/2/using/index.html)で、手順通りPythonをダウンロードしてきて使えるようにして、それからチュートリアル(http://docs.python.jp/2/tutorial/index.html)を半分くらいやった。

    http://docs.python.jp/2/tutorial/index.html

    少女:えーと、チュートリアルって何?

    少年:操作や使い方を一通り練習できる手順書。このように操作するとこうなる、こういうプログラムだとこうなる、って感じの構成になってて、書いてある手順通りやってみたり、例題の短いプログラムを入力して実行してみたりしながら、ひと通りのことが学べるようになってる。

    少女:君がよくやってる〈写経〉みたいに〈読む→写す→試す〉を繰り返していくの?

    少年:それよりは、出てくる数式を数式処理ソフトで計算しながら本を読むのに似てる。コンピュータ相手に入力しそこなうと、書いてあるとおりの事が起こらないから間違いには気づきやすい。

    少女:写してるだけで分かったりするものなの?

    少年:コンピュータにコードを入力していくのは、ただ書き写す(精確に自分の中を通す)だけじゃなくプラスアルファがあって、むしろ棋士が盤の上に棋譜を並べるのに近い気がする。実際にプログラムを動かすことと陸続きだし、写したプログラムを一部作り変えては試してみたりできるし。

    少女:駒の動き=プログラムの動きを自分の手でやってみる感じ?

    少年:そう。あと、今プログラムのどの部分を実行していて内部で何が起こっているかを逐一表示してくれるツールがあって、デバッガ(Debugger)とか統合開発環境(IDE)でできるんだけど、序盤過ぎたあたりから結構助けられた。使ってたのはオンライン上でできるやつで、PythonやJavaやJavaScript用だけど、Online Python Tutor(http://www.pythontutor.com)というのがあって、分かりやすかった。

    OnlinePythonTutor2.png


    少女:そうやってプログラムの動き方を追っかけていけば、作りたいものが作れるようになる?

    少年:あー、それはむしろ、逆引きというか「やりたいこと+Python」で検索して、見つけたものを組み合わせるって感じで。「コピペ・コーディング」「開発環境はGoogle」みたいな。

    少女:「写経」どころか「コピペ」? そんなのでいいの?

    少年:使ってる人が多い言語だと、結構なんとかなる。

    少女:「検索で何とかする」ってところが、らしいといえばらしいけど。

    少年:いや、他の誰かがすでにやってくれてることを再利用するのは、誰でもやってる普通のことなんだけど。今どきのプログラミング言語だと、特定の機能を持ったプログラムを「ライブラリ」って形で、他のプログラムから利用できるように部品化して利用しやすくしてある。自分がやりたいことをやってくれるプログラムを作るのは、一から全部自分でやるわけじゃなくて、そういう部品を探して組み合わせるのが主な作業って感じなんだけど。



    C言語とラテン語

    少女:それ以外に禁煙さんから何か教わった?

    少年:「自分では書かなくてもいいけど、C言語は読んで分かるようになっとくこと」って言われた。

    少女:どうして?

    少年:プログラマーの共通語だから。携帯電話や電化製品からスーパーコンピューターまで席巻したUnix(やUnix由来のOS)はローマ帝国みたいなもので(これを「UNIXの平和 パクス・ウニクサ」という)で、そのシステムを書くために登場したC言語はラテン語みたいなものだからって。

    少女:それって死語ってこと?

    少年:まだまだ現役だから、そんなこというと誰かに怒られそうだけど。「C言語=ラテン語」っていうのは共通語だって他に、C言語は文法は結構シンプルなんだけど、文法以外にこうした方がいいとかこうすべきでないみたいな慣習というか経験則があって、これもラテン語に似てる。

    少女:ラテン語って文法かんたんなの?

    少年:他の古典語に比べれば。ラテン語の場合、学ぶことが多いのはむしろ文法を学んだ後の方なんだ。

    少女:それで、どうやって勉強したの?

    少年:ネットの入門サイト(こことかここ)をいくつか眺めて文法事項が分かったらこれを読めって禁煙さんに『デーモン君のソース探検』って本を渡された。

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    少女:どういう本?

    少年:主人公が中学1年のデーモン君で、毎回、デーモン君が通う中学校で宿題が出て、いろいろ調べるんだけど行き詰まって、毎回パパ(時にはママ)に泣きつくってパターンの対話もの。

    少女:私達と同じ歳ね。

    少年:いきなり「中学校の授業では、プログラムのソースを読みます。」からはじまる。

    少女:ええっ、読まないよ。

    少年:「ポインタは小学校で習わなかったのか?」とかパパに言われたりする。

    少女:いや、習わないよ。

    少年:こういうout-of-the-worldなノリでガンガン進んでいく、いかにも禁煙さんが好きそうな本なんだけど。NetBSDってUnixの一種なんだけど、そのコマンドとか関数のソースコードを毎回読んでいく。実際に動いてるシステムがC言語でどう書いてあるか探検してくというか。

    少女:いきなり実践って感じね。

    少年:さすがにいきなりは苦しかったんで、C言語の悪い書き方と良い書き方が対照してある『美しいCプログラミング見本帖』って本で、悪い書き方を書きなおしながら、ネットでの質問解答をまとめた『CプログラミングFAQ』ってのを読んでいった。でも、少しでも読めるようになったのは、自分でもすごく短いプログラム(カレンダーを表示する、みたいなやつ)をいくつか書いてみた後かな。

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    少女:前に何かの時に「書かないと読めるようにならない」って言ってたね。あれは文章のことだったけど。

    少年:「読まないと書けるようにならない」というのもあると思うけど。C言語の入門サイトではあんまりな評判だったけど、ブライアン・カーニハン とデニス・リッチーの『プログラミング言語C』って本が、例題がUNIXコマンドを自分で書いてみるみたいなのが多くて、ちょうどデーモン君と反対側から登る感じで読めた。ホントはその前に『UNIXプログラミング環境』を見つけて、そっちに助けられた感じなんだけど。

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    少女:それってどういう本?

    少年:どっちもUnixやC言語を作った本人たちの本なんだけど、『UNIXプログラミング環境』は、Unixで仕事をするのに、手持ちの道具をどう使うか、どう組み合わせるかみたいなところから始まって、このコマンドちょっと使い勝手が良くないから少しだけ簡単に改良してみるって話から少しずつプログラミングするようになって、最後はC言語でコマンドをつくるところまで進んでいく。

    少女:それもデーモン君の反対側から登る本だったんだ。

    少年:やりたいことがあってやり方を調べるのはネットを使うとそんなに苦労せずに分かることが多いし、もともとやり方(How to do)は見よう見まねでまだ何とかなるものなんだけど、何でこんなことやるのか(Why to do)とか、これができて何がうれしいのかっていう背景というか文脈(コンテキスト)みたいなことが『UNIXプログラミング環境』を読むと随分納得できた。Unix抜きでC言語だけの入門書って、そのへんがばっさり抜けてるから、なんか気持ち悪かったんだけど、そのあたりを埋めてくれた気がする。




    Lispとレトロゲーム

    少女:他には何を?

    少年:あとはLispをやれ、って。

    少女:なんて言って勧められたの?

    少年:……「Lispやるとアタマがよくなる」

    少女:うわあ。それはさすがにちょっと。

    少年:で、『Land of Lisp』っていう禁煙さん好みの本が出てきて、あんまりひどいんで、大笑いしながら勢いで読めた。実はLispの本で最後まで読めたのは初めて。

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    少女:どういう本?

    少年:レトロゲームというか、パソコン黎明期のゲームあたりからはじめて、だんだんややこしいゲームを作っていく中でLispを学ぼうって本。ノリは何というか、ネットでみかけるLisperのジョークを確信犯的に繰り出してく感じなんだけど。

    少女:LisperってLispやってる人のこと? どういうジョーク?

    少年:いや「神様は世界をLispで書いた」とか、そういうの。(あとこの辺とかこの辺とかこの辺)。

    OnlinePythonTutor2.png

    http://xkcd.com/224/



    少年:でもゲームを題材っていうのはいい手かも、って思った。


    少女:どうして?

    少年:日常のルーチン作業で扱うような表にまとめられるようなデータってそこまで複雑じゃないし、お仕着せのライブラリで済みそうなのだと、Lispの有り難みが出にくいというか。ゲームだと設定とか世界観次第で好きなだけ入り組んだデータ構造とか、面倒くさい問題を扱って「Lispすごい」って話に持って行きやすい。昔だと、そういう面倒くさい題材が人工知能だったんだと思う。

    少女:読んだのはそれくらい?

    少年:いや、『Land of Lisp』 は勢いでどんどん進む本だから、笑ってるうちに途中から理解が怪しくなってきたんで(コンピュータに入力しながら読むのをサボりだしたせいもあるけど)、もっと易しい本とか丁寧な本で補完した。手に取った本の中だと、『対話によるCommon Lisp入門』が一番コンパクトで内容は最低限だけど、前提知識なくても一から説明してくれる感じ。隙あらばダジャレを織り込んでくるのが玉に瑕だけど。

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    少女:Lispって、普通の本はないの?

    少年:ポール・グレアムの『ANSI Common Lisp』は、人がいうほど癖なかった。これも網羅的とまではいかないけど『対話によるCommon Lisp入門』よりずっとカバーしてくれる範囲は広くて、例として出てくるコードも短くて、入力して試しやすかった。Common Lispには、プログラムのどの部分を実行していて内部で何が起こっているかを逐一表示するっていうのが標準装備(traceとかstep)だから、入力サボったのを反省して、それからは使い倒した。

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    少年:もう少し早足で進むけど、他にプログラミングの経験がある人なら、『実践Common Lisp』一択かも。Land of Lispと同じくらいのレベルで、ぶっ飛んだところとかマンガはないけど、より丁寧でちゃんと教科書になってる。カバーする範囲も広くて、説明も結構詳しい。ピーター・ノーヴィグの『実用 Common Lisp』は、古いよき時代のAI人工知能(Land of Lisp がレトロゲームなら、こっちはレトロAI)を題材にしていて、Lispを使って未解決の問題に挑むことがどういう感じなのか体験できる本。

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    あとScheme手習いScheme修行を算数のドリルみたいに繰り返しやったかな。

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    ネットではANSI Common Lispの仕様を引けるHyperSpecと、今上げたようなCommon Lispの本(原書)を横断検索できるlispdoc(http://lispdoc.com)が便利。

    http://www.lispworks.com/documentation/HyperSpec/Front/index.htm

    あとコンパクトなSimplified Common Lisp referenceというのがあって、これに出てくる例を全部Ankiに入れて英語の構文みたいに覚えた。

    AnkiLisp1.png






    禁煙さんを訪ねる

    少女:という訳で、一人できました。どうして彼、禁煙さんが苦手なんですか?

    禁煙:そういえば中学に入ったお祝いに、コンピュータをあげようと思ったんだけど、断られちゃったわね。

    少女:なんでまた?

    禁煙:冷却装置に凝った自作機だったんだけど、凝りすぎて水煙管(キセル)みたいになっちゃってね。

    少女:よく分からないけど、なんか分かった気がします。

    禁煙:それで何が聞きたいのかしら?

    少女:どうやったらプログラムを書けるようになるか知りたくて彼に聞いてみたんですけど、聞く相手を間違えたって思いました。

    禁煙:ああ、熊が水を飲むみたいな学び方するからね。

    少女:でも気になったことがあって。禁煙さんが勧めたの、PythonとC言語とLispだって聞いたんですけど、どうしてこの3つだったんですか?

    禁煙:Bookishで自分で調べるのが好きで得意な子だから、ちょっと無茶ぶりしすぎたかもしれないけどね。せっかくプログラミングに触れるのだから、いろんな側面を知ってほしいと思って。

    少女:いろんな側面、ですか?



    巨人の肩に乗るプログラミング

    禁煙:ひとつは、そうね、「既存の解決策を探して組み合わせるプログラミング」って言えるかしら。「巨人の肩に乗る」とまでいうと言い過ぎだけど。

    少女:彼も「コピペ・コーディング」「開発環境はGoogle」みたいなこと言ってました。

    禁煙:もっとも検索のパラドクスというか、分からないものは探せないという問題があるけどね。レベルが低いままだと低いレベルの情報しか手に入らない。検索結果に表示されても理解できなくてスルーしちゃうし、見当違いのキーワードで探してしまう。

    少女:やりたいことができるプログラムの部品を手に入れるのは、やっぱりそれなりに学ばないといけないんですね。

    禁煙:ライブラリを駆使して、短い時間と小さな手間で目的を果たすのは、アプローチっていうより、ごく普通のことになっているわね。世の中で必要とされている大方のプログラムは多分、既存の解決法の組み合わせでなんとかなるものだろうし。誰かが用意してくれているものをうまく使えば、自分だけではとても無理な大規模複雑なこともできるし。仕事で何かつくるときも、時間も人員も限られているならその方が絶対いいし。初心者にとっても、低コストで自分の欲しいものができるって話ならモチベーションも維持しやすいしね。

    少女:それがPythonを勧めた理由ですか?

    禁煙:近頃の人気のあるプログラミング言語は大抵ライブラリを揃ってるから、Python以外でもよかったんだけどね。あの子は今の子にしてはびっくりするくらいBookishだからってこともあるかな。Pythonはドキュメントも良く出来てるし、ソースコードも読みやすいしね。同じ歳でも、他の子になら、もっとヴィジュアルで見目麗しい(bells and whistlesな)ものにしたでしょうね。あとは、初心者にもいいけど、本格的なもの、たとえばあの子が普段使っているようなものだって作れるというのもあったかしら。

    少女:Pythonで作られてるものって?

    禁煙:あの子が使ってるのだと、AnkiとかDropboxとかCalibre(オープンソースの電子書籍管理ツール)とか。

    少女:あ、それ私も使ってます。

    禁煙:初めてだからインデントの習慣を身につけてほしいとか、細かい理由もあった気がするけど。



    大地を掘り下げるプログラミング

    少女:「いろんな側面」というと、あと2つあるんですか?

    禁煙:つぎは「分解と再構成で理解するプログラミング」って感じかしら。身の回りの機械を片っ端から分解してまわったことってない?

    少女:いえ、そういうのは。

    禁煙:ただわくわくするとか面白いから分解するんだけど、あれって機械みたいに複雑なものを理解する原体験ってところがあるの。プログラマのインタビュー集(あとで出てくる『Coders at Work プログラミングの技をめぐる探求』とか)を読むと、やたらと子供の頃、分解したなあって思い出話が出てきたりするんだけど。

    少女:C言語で勧めた『デーモン君のソース探検』って、プログラムの分解本ですか?

    禁煙:お仕着せの部品(ライブラリ)の組み合わせでプログラミングに入門したら、今度はその部品がどんな風にできているか知りたいと思わない? それが分かると既成のライブラリを改造したり、もっと行くと自分でライブラリを作れるところへ進めるかもしれない。自分が使っているソフトで「こうなったらいいな」って改造ができるかもしれない。改造のパッチファイルを作者に送れば、ただ要望出すのと違って、取り入れられる確率は高まるし、お気にい入りのソフト作者とガチでコミュニケーションがとれるかもしれない。

    少女:なんかレベルが上がってる感じがします。でもなんでC言語なんですか?

    禁煙:ひとつは、OSのカーネルから普段使いのアプリケーションまで、いろんなものがC言語で書かれてきたから。Unixやそれに由来するシステムがC言語で書かれてる話はしたかしら。あと、Pythonもそうだけど、C言語以降に登場した多くのプログラミング言語がC言語で書かれてる。ライブラリも、例えばPythonの場合だと、Pythonで書かれたものもあれば、速度や効率の良さからC言語で書かれたものもあるわ。

    少女:もうひとつは?

    禁煙:「C言語=ラテン語」って比喩にはもうひとつ含意があって、C言語が普及したせいで、その後に生まれた言語はC言語の影響を強く受けているものが多いの。ラテン語が分かると、俗ラテン語から生まれたロマンス語派の諸言語(スペイン語,ポルトガル語,イタリア語,フランス語,ルーマニア語等など)が理解しやすくなるように、C言語から影響受けたawk、C++、Objective-C、Java、JavaScript、PerlやPython……を理解しやすくなるかもしれない。もっとも「フランス語を学ぶのにまずラテン語から」っていうのが学習コストからいってナンセンスなように、最初にC言語を学ばないといけないなんてことはないけどね。むしろ最初にプログラミングを学ぶ人にC言語はないわ、って感じに覚えてもらえたらいいかな。

    少女:話を戻すと、お仕着せの部品(ライブラリ)の組み合わせって楽そうに見えたんですけど、そういうのを分解して理解するのって時間もかかるし大変そうですね。

    禁煙:デーモン君も毎回行き詰まって泣いてばかりだったしね。そういう意味では確かに一つレベルアップって感じなのかも。出来合いを並べるだけの《お惣菜》プログラマから、やる気になれば自前でやれる一人前のプログラマになるってことだから。もっとも人が書いたソースコードを読んで(分解して再構成して)理解するというのは、いきなりC言語でやるより、もっと初心者にやさしい言語、彼の場合ならPythonでやった方がずっと易しいから、まずはそちらで経験を積むのがおすすめだけど。

    少女:どうしてですか?

    禁煙:C言語だとプログラマが自分でやらなきゃならないことでも、もっと易しい言語だとプログラミング言語自体が担ってくれる部分が多くて、同じことをやろうとする場合でもプログラムがシンプルかつ短くて済むから。短いプログラムの方が、これはもう圧倒的に、速く読めて理解もしやすい。Pythonには、Nullege(http://nullege.com/)っていうPythonのソースコード専門の検索エンジンもあって、こういうのも彼に勧めた理由なんだけどね。

    http://nullege.com/



    残り1割のためのプログラミング

    少女:じゃあ最後の側面ですけど。それと「Lispやるとアタマがよくなる」っていうのは?

    禁煙:さすがにちょっと引いちゃうね。

    少女:ええ。でも、なんでLispだったんですか?

    禁煙:せっかくだからコンピュータにできる《最果て》を知ってほしいと思って。

    少女:他の言語じゃダメなんですか?

    禁煙:そうね、少し回り道だけど、こんな話をしようか。さっき、プログラミングしなきゃいけない大半のことは、既存の解決策の応用か組み合わせで解決できるし、世の中のほとんどのプログラムはそういうものだって言ったね。

    少女:はい。

    禁煙:ニュージャージ・アプローチなんて言い方があるんだけど、すべての問題に対処しようとすると複雑で大変になってしまうけれど、複雑で大変なのはむしろ少数の例外で9割まではシンプルな手法で間に合うのだから、この9割が解けるシンプルな解決でいいじゃないか、というスタンスで成功したのがUnixやC言語なのね。完全な正しさよりシンプルさを優先するというか。

    少女:実用的というか、実践的な考え方ですね。

    禁煙:ええ。だから、他のものよりは、容易に実装できて、なおかつ世の中の大半を占めるしょぼいマシンでも動いた。だから世界を席巻できたとも言えるんだけど。

    少女:Lispは違うんですか。

    禁煙:UnixやC言語より前の、コンピュータを使うことが、おもいっきり背を伸ばして届くかどうかというところに触れることだった時代の産物というか、プログラミングが既存の手法やシンプルなやり方じゃ間に合わない問題に挑むことだった文化を残している感じがするのね。9割のことが解決できるくらいじゃ満足できなくて、みんなが難問だとして放置した残りは誰が解くんだ?オレだよ!みたいな。そんなギリギリの問題が、ある時代には人工知能だったり、コンピュータ・グラフィックだったりしたんじゃないかしら。

    少女:その時代時代の最先端みたいなところで使われてきたってことですか? どうしてなんでしょう?

    禁煙:取り組む問題はいつも難しくて、プログラミング言語が提供するものでは足りないのがいつものことだったから、自分で一から(アセンブラで)作るか、プログラミング言語を問題に必要なだけ拡張するのは当たり前だったのね。そしてLispは、そういう拡張がやりやすい言語だったの。何しろ、言語の機能をほとんど際限なく、文法構造すら拡張できるぐらい。

    少女:拡張するのと、難問を解くのは、どういう関係があるんですか?

    禁煙:解き方がまだ誰にも分からない難問を前にして手始めにやれることといえば、問題をなんとか書き表すこと、できればその構造を表現すること、それから、それをいじくりながら答えっぽいものに近づける試行錯誤の繰り返すことくらいよね。そうして、一つの例題についてうまく手が見つかったら、それを一般化して他の例題についても解けないかやってみる。Lispは、問題の構造を書き表すのも、それをいじくる試行錯誤も、それを一般化したものも、同じフォーマットで書けたから、今言ったみたいなやり方にうってつけだったの。

    少女:でも、そのうちコンピュータの性能も上がって、これまでの蓄積もあって、コンピュータでできることは広がっていったんじゃないですか?

    禁煙:そうね。コンピュータの歴史が積み重なって、かつての最先端はやがて既存の手法で解けるものになっていったわ。人工知能だって、今どきそんな手探りじゃなくて、確立された手法ごとにライブラリがあるし。それでも、コンピュータで立ち向かう難問が次々生まれてきたし、この先だって今の時点では予想もつかない問題に挑まなくちゃならないかもしれない。そのためには、できるだけ制限のない《何でもあり》の道具が欲しいと願うのも無理ないと思わない? 

    少女:実際になんでもできるプログラミング言語なんて作れないから、だったらどこまでも拡張できる言語って話になるんですね。聞けば聞くほど、既存の解決策の組み合わせですばやくつくるプログラミングの真逆みたいに思えます。

    禁煙:違った経験をしてほしいってところから語り始めたせいもあるけどね。今ではLispにも(流行りの言語ほどじゃないけど)ライブラリ(たとえばここ参照)がそろっているから、既存の解決法の組み合わせを忌避してるわけじゃないし。

    少女:これは聞いていいのか迷うんですけど、Lispってすごそうだけど人気無いんですか?

    禁煙:そうね。理由は偶然を含めて色々あるんだろうけど、Lispに難しいところがあるとしたら、何でもありの拡張性の裏面なんでしょうね。Lispで問題を解くことは、問題に特化した新しい言語をつくるようなものだけど、プログラミング言語を作ることはきっと、プログラミング言語をただ使うことよりはいくらか難しいの。自分以外誰も使わないオレオレ言語であってもね。もちろん、ずっと楽しいことでもあると、言い添えなくちゃいけないでしょうけど。



    (おまけ)様々なプログラミング言語を知る

    少女:オレオレ言語はともかく、他のプログラミング言語のことをもっと知りたいと思ったら、なにかいい本はありますか?

    禁煙:プログラミング言語のはじまりから『ソフトウェアの20世紀―ヒトとコンピュータの対話の歴史』という本があるけど。中村真一郎の『文章読本』みたいに、実際のソースコードつきで、言語の発展にともなってどのような表現に変わって行ったかを示してあって面白い本。当時のコンピュータの状況から世相/時代背景までフォローしてあるわ。この本は20世紀まで扱ってるから、言語で言うと出てくるのはJavaまでだけれど。

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    禁煙:それより新しいものも含めて、プログラミング言語を作った本人にインタビューした『言語設計者たちが考えること』は、Rubyのまつもとゆきひろさん以外、みんな他の言語の悪口言ってて楽しめるわ。

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    禁煙:全員が言語設計者じゃないけど、JavaScriptやErlangやCommon LispやSchemeやSmalltalkやC言語を作った人たちを含むインタビュー集の『Coders at Work プログラミングの技をめぐる探求』は、これの副読本として読めるかしら。

    Coders at Work プログラミングの技をめぐる探求Coders at Work プログラミングの技をめぐる探求
    Peter Seibel,青木 靖

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    禁煙:こういう当事者ものじゃなくて、プログラミング言語の発展をもう少し俯瞰的に扱って、新しい概念や特徴がどうして登場してきたかをまとめてくれる『コーディングを支える技術 ~成り立ちから学ぶプログラミング作法』という本も役に立つのじゃないかしら。

    コーディングを支える技術 ~成り立ちから学ぶプログラミング作法 (WEB+DB PRESS plus)コーディングを支える技術 ~成り立ちから学ぶプログラミング作法 (WEB+DB PRESS plus)
    西尾 泰和

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    少女:先生を見てると、物心ついたときから触れている私達の方がネットを使いこなしてない気がします。

    司書:そうでしょうか?

    少女:さっきもそうですけど、どこそこの図書館のアーカイブでこんな資料を見ることができるとか、教えてもらってばかりな気がして。

    司書:それはたまたま私がその資料のことを知っていたからでしょう。

    少女:そうかもしれませんが、「たまたま」じゃない気がするんです。

    司書:では、こういうことかもしれません。インターネットを使い始めたとき「なんと便利なものだろう」と思いながら比べていたのは、足を運んで図書館や文書館へ行き、書誌やカードを繰り書架の前を行ったり来たりしながら文献を探すことでした。半日、時には何日もかかった作業が、すべてではないにしろ自室でほとんど数分でできる(ことがある)、という比較の仕方をしていたのです。

    少女:私達にとっては、最初からそういうものというか、日常になってます。

    司書:ええ。それで思い出したのですが、私たちの世代の人間にとっては、調べ物というのは、どこか〈よそゆき〉の仕事であったように思います。たとえば、図書館で調べものにつかう書物は大抵、個人では揃えるのが難しいような高価なものでした。出始めたころの商業データベースなどもそうです。そして、そんな高い敷居の向こうにあるのは、日常生活では決して目にしないだろう光景や、出会うことがないと思える人の考えであり、知識でした。大げさに言えば、調べ物は日常を越え出る旅のようなものだったのです。そしてインターネットは、これも誇張した表現だと思われるでしょうが、一部ではあってもそんな非日常への回路を自室に引き込んだものに思えました。

    少女:私達にはなんだか実感しにくいです。

    司書:あなたの世代にとっては、ネットは〈普段着〉の世界であり、選択の余地のない日常の延長なのかもしれません。たとえばリプライ(返信)しないことが、対面で話しかけられているのにわざと顔を背けて無視することに等しいような。

    少女:確かにあまりに日常的だから、かえって広がりにくいというのはあるかもしれません。普段ネットを介してやり取りするって、ほとんど会って話をする人だし。

    司書:私たちの場合は、近くにインターネットをしている人はほとんどいませんでした。我々の世代にはやはり、いくらか敷居が高いもので、これも大げさに言えば、わざわざ〈挑戦〉するものでしたから。実際、ネットを介して知り合った人たちはみな遠方に住んでいました。

    少女:さっきの話で言うと、日常生活では会うことのないような人たちとやりとりする手段だったということですか?

    司書:ええ。付け加えるなら、彼らの多くはパソコン通信からのユーザーで、一種の〈刷り込み〉なのでしょうか、「ネットする」というのはパソコンと通信回線を介して何かを「読み書きする」ことだと無意識に思い浮かべるようです。写真や動画を投稿したり見たりするのでなく。そういえば、あなたに魚のおろし方の動画を紹介してもらいましたね。

    少女:そういえば、そんなことも。

    司書:あの時、いくつか魚のおろし方の書物を集めていたのですが、最も参考になったのは、実際に料理人の方が魚に包丁を振るっている映像の方でした。そして自分の探し方もまたbookishなものに偏っていることを思い知りました。

    少女:ええ、そんな。

    司書:もう一つ。ある英文に出てくる「lollipop lady」という言葉の意味を尋ねられたことがあります。辞書を引くと「学童道路横断監視員, `緑のおばさん'」(リーダーズ英和辞典)、「学童交通整理員,緑のおばさん」(ランダムハウス英和大辞典)とあるのですが。

    少女:小学生の登校や下校の時間に横断歩道に立って子どもたちが安全に渡れるよういてくれる人ですね。

    司書:では何故 lollipop なのか分かりますか?

    少女:ランダムハウスには、「lollipop(棒付きキャンディー)に似た標識を持っていることから」ってありますけど、キャンディに似た標識って一体?

    司書:私も同じ疑問を持ちました。氷解したのは、Adrian RoomのDictionary of Britain (Oxford University Press,1986)を翻訳した『英国を知る辞典』(渡辺時夫 監訳、研究社出版, 1988)を見てからです。原著のDictionary of Britainは、当たり前すぎて文献にわざわざ書かれないような、イギリス文化のあらゆる領域における〈日常の秘密〉を解きあかしてくれる辞書ですが、訳者たちは原著にはない写真(イギリス滞在中に訳者たちが撮影したものです)をたくさん翻訳書に追加してくれています。「lollypop lady」の例は、訳者たちの序文にも出てくるのですが、写真を見れば「lollipopに似た標識を持っている」というのは一目瞭然です。


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    少女:ほんとだ。この本、すごく面白いです。

    司書:ですが今では、Googleで単純に「lollipop lady」を検索すれば、辞書や事典とともに画像まで見つかります。

    google_lollipop.png


    少女:簡単すぎて、ちょっとがっかり。旅行に出かけそこなった気分です。

    司書:そう思われるのはおそらく、我々が先に〈寄り道〉をしたからでしょう。旅というなら、行き先に到着することだけが目的ではありませんから。

    少女:『英国を知る辞典』って辞書、知りませんでした。Googleで探していたら、すぐに答えはわかったけれど、この辞書と会うことはなかったと思います。

    司書:検索エンジンのような全文検索が使えない時代には、「それは何に属するのか?」を推測することが探しもの主たるアプローチのひとつでした。「何に属しているか」から「どの本に載っていそうか?」を推測し、その本を一通り見てダメなら次の候補に当たる、という繰り返しです。そこでは〈寄り道〉は、半ば強いられたものでした。ある特定の事項だけを一本釣りで引き上げることはできないかわりに、どんな分野にどんな探し物のツールがあるのかを実地に当たっていく訳です。探しものに関して、あなたと比べて私がより多く持っているとすれば、こうしたまわり道や寄り道の経験なのだろうと思います。

    (夕刻、バス停)

    少女:あ、パパ。今日は早いんだね。

    父親:おまえはいつもこんな時間なのか?

    少女:うん、帰りは大抵、今のバスかな。

    父親:部活もないのに遅くないか?

    少女:委員会もあるし、何もない日は図書館に寄ってくるから。

    父親:県立の? 学校からだと方向が逆じゃないか。

    少女:大丈夫だよ。友達といっしょだし、今日もバス停まで送ってもらったし。

    父親:どんなの子なんだ、その子?

    少女:前に言ったことなかった? 入学してすぐ、いっしょにクラス委員やった子。

    父親:そういえば、よく怒ってたな。委員の仕事を全然しない子と組まされたって。

    少女:そうそう。最初は先生が指名したんだけど、ほんと適材適所ってあるんだと思った。

    父親:確か、新入生代表で挨拶した子だろ。そういう子がいるなら指名してしまうだろ。

    少女:あれって入学試験の成績で決めたらしいんだけど、次の年から人物本位で選ぶことになったって。噂だけど。

    父親:聞いてると心配になってきた。どういう子なんだ?

    少女:本の虫。いつも何か読んでる。それを他の何より優先してる。多分、学校生活を時間の無駄だと思ってるんじゃないかな。図書室登校とかできたら絶対選びそう。

    父親:それは駄目だろう。

    少女:放っておいたら高校も行かなさそうだし。

    父親:おまえのところ中高一貫だろ。

    少女:放っておかないけどね。

    父親:……本の虫ってどんな本を読んでるんだ?

    少女:いろいろ何でも。あ、最近、ちょっとずつ読んでるのは……

    父親:なんだ?

    少女:日本の類書かな。読むというより、読み終えた項目の見出し語を書き抜いてる。

    父親:なんで? というか類書って何?

    少女:いろんな書物から集めたものを項目ごと整理した中国や日本古来の百科事典のこと。表向きの理由は、見出しだけでも電子データにしとくとパソコンやスマホで検索できるから、らしいけど。写しながらだと注意して読むし、分からないことは調べるから、内容も結構覚えちゃうみたい。

    父親:気が遠くなる話だな。

    少女:私もそう言ったんだけど、そうでもないって言うの。「全20巻5万項目ある『広文庫』も、目次だけだとあわせて640ページくらいしかない。1日見開き2ページ写せば1年足らずで写し終える。これくらいなら能力的にも時間的にもできない人は少ないと思う」だって。

    父親:写すなんて普通思いつかないし、思いついてもやろうと思わない。辞書なんて必要なところだけを引いて見るものだし、全部で何ページあるとか考えたことなかったよ。

    少女:そうだよね。前は何故こんなに何でも知ってるんだろうと思ったけど、この話を聞いたらなんか納得した。

    父親:最近は、って言ったけど、前からそんなことやってるのか?

    少女:いつからかは知らないけど、最初に写したのは子供向けの漢字辞典だって。見出し字だけだと常用漢字だと2000字くらいだから原稿用紙だと5枚分でしょ。

    父親:そう聞くと「確かにそれくらいなら」と思わなくもないけど。だけど1回書いたくらいじゃ覚えられないだろう?

    少女:それでも一回最後まで通すと随分違うんだって。確かこの本の中で見たことある、と思えるだけでも。その後、子供向けの事典とかの項目を書き抜きして、普通の百科事典に取り掛かる頃には本を読むがずいぶん楽になったって言ってた。

    父親:百科事典なんて、それこそ何万項目もあるんじゃないのか? 書き写すのは項目だけでも、内容は読むんだろ?

    少女:えーと、平凡社の世界大百科事典って全部で9万項目、7000万文字くらいなんだって。新聞(朝刊)だと1日約12万字だから……584日分になるのかな。2年かからない計算になるらしいんだけど。

    父親:新聞は隅から隅まで読んだりしないからなあ。

    少女:毎日100項目ずつ書き抜いて3年かかったみたい。項目名だけだと1項目数文字でしょ。書き写す分量だけいえば毎日数百文字だから原稿用紙2、3枚くらい。

    父親:そういうと大したことなさそうだけど。

    少女:これくらいだとそんなに時間はかからないから、図書館に来ると、まず辞書を写す日課を済ませてしまってから、他のことをやるんだって。時間のある日もない日も疲れている日もいない日も。







    (日曜、図書館)

    少女:……という話をしてたんだけどね。

    少年:なにそれ。

    少女:なんかまずかった?

    少年:……いや、別にいいけど。

    少女:他にも書き写したの、あったよね。

    少年:漢字辞典のあとは、岩波文庫の目録に出てくるタイトルだけ写した。これは1800冊分くらい。その次は、受験参考書型の国語辞典(MD現代文・小論文)の見出し語で4000語。このあたりで本を読むのがだいぶ楽になった。

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    少女:意外にスモールステップ。

    少年:その次がほるぷ出版の『世界伝記大事典』で人物名(5500名分)だけ写した。次は平凡社の『世界名著大事典』で紹介されてる書物のタイトルだけ11000万冊分。その次が子ども向け百科事典(『百科事典ポプラディア 』)で、これも項目名だけ2万5千項目。その後、平凡社の『世界大百科事典』で9万項目。ここまでで小学校終わった。

    少女:一回書くだけで覚えられるのか、っていうんだけど。

    少年:無理。というか目的はそっちじゃない。

    少女:電子化されてない事典の項目を抜き出したい?

    少年:それができたら、事典の横断検索のための総索引(マスターインデクス)が自作できるから。でも、それより……。

    少女:なあに?

    少年:どちらかというと知らない言葉や事項に強制的に出会うためだと思う。自分の知識の抜けているところを知るというか。知識をインプットするのに、ひとつの事典を順番にヨコに読んでいくのは実は効率よくない。隣の項目とまるで関係ないことが多いし。事典が役に立つのは、「これがわからない」とか「○○について知りたい」っていうニーズを、引く人が背景というか文脈として持ち込むから。背景・文脈と関連付けられないと、断片的な情報でしかなくて記憶にも残りにくいし。

    少女:ヨコに読むって、タテに読むのもあるの?

    少年:タテ読みは、ひとつの項目について、いろんな事典や他の文献を貫通的にというか、まとめて読むこと。調べたものは、短い順に1つのファイルにまとめて、読むときも短いものから読む。短いものはすぐに読めるに端的に何なのか書いてある。要するに何なのか分かってから、より詳しいものを読んだ方が効率的だし。

    少女:調べものを始める時にやるっていってたやり方だね。……話戻すけど、知らない言葉や事項に出会うためっていうけど、それだと知らない項目に出会う度にいちいちつまずかない?

    少年:つまずくけど、相手は辞書だから、答えにあたるものは続きに書いてある。だから、そんなに時間をくうわけじゃない。

    少女:でも、最近写してる類書は昔の文献が引いてあるんでしょ?読むのに時間かからないの?

    少年:短いのはそうでもないけど、詳しい項目は結構かかる。だから写すついでに電子版の百科事典その他を検索してる。要するに何なのか程度のことは分かるし、分かってから読む方が理解もはやい。

    少女:事典をタテに読むやり方を取り入れてるんだ。

    少年:うん。類書を写す場合は、項目名だけを入れていくファイルの他に、そうやって調べたことをコピペして貯めておくファイルも別につくってる。最近の事典に載ってない項目ももちろんあるけど、載ってないことがわかるのも一つの情報だから。

    少女:あと、言葉としてはもちろん知ってるけど、自分が知らないことが書いてある項目ってあるでしょ? これも項目名を抜書きするだけ?

    少年:ほんとは知らないことが書いてある部分は全部抜書きしたいけど、そこまではちょっと手が回らない。これは面白いってことが書いてあった項目とか、書き写したときに印だけつけてる。あと一つの項目に複数の章立てがあるような大きな項目は、中の章立ても写す。もっとも日本の百科事典だと、大項目はそんなに多くなくて、項目数でいえば全体の2%くらいしかないけど。

    少女:え、そんなものなの?

    少年:何を大項目にするのか、誰が書くのか書けるのか、何をどこまでその項目で扱うのか、どこまで書く人の裁量に任せるのか、事典全体との調整はどうするのか、いろいろ難しいから簡単には増やせない。小項目は増やしやすいし、50音順なりアルファベット順に従えば、どこに入れるか自動的に決まるけど。

    少女:英語の事典も読んでたよね?

    少年:事典の前に、子供用でCollins Junior Illustrated Dictionary (Collins Primary Dictionaries)と、それから辞典じゃないけどI.A. RichardsとChristine M. Gibsonが書いたEnglish Through Picturesを読んだ。

    少女:それ、どういう本?

    少年:English Through Picturesは、「わたし」「ここ」って言葉のはじまりみたいなところから、簡単な線画と文の比較と繰り返しだけで、翻訳も解説もなしに少しずつ未知の言語に踏み込んでいくみたいな本。言語習得の冒険ものっていうか。

    少女:それってめちゃくちゃ回りくどくない?

    少年:でも最初の120ページくらいで最頻出でコアな基本単語250語と、それに現在、過去形、進行形、未来形に関係代名詞までできてるから、それほど非効率的でもない。2冊目くらいから抽象的な語とかどうやって導入するんだろうと思ってると、わあこんな手で来るのか、ってちょっと感動する。あと英語だけじゃなくて各言語版がある。

    少女:Illustrated Dictionaryの方は?

    少年:こっちは単純に絵に描ける物や動作をならべた絵辞典。日用の語彙を補うのに読んだけど、イラストが書いてあるだけで、退屈だった。同じintestines(腸)って言葉でも、「腸」って日本語と対にしてあるだけより絵があった方がましだけど、消化の仕組みをイラストをつかって説明してある方が退屈しないし覚える。

    少女:それが百科事典ってこと?

    少年:うん。Dorling Kindersleyから出てる子供用で一番やさしいやつ(First Children's Encyclopedia (First Reference))から始めたけど、クイズや小ネタが散りばめてあったりして、こっちは結構退屈せずに読めた。

    sample-FCE-digestion.png sample-FCE-Africa.png



    少女:結構分厚いね。

    少年:フルカラーで写真とか説明イラストが各ページ全体を占めてて、文字は添え物程度に散らしてあるだけだから300ページあるけど、あまり時間かからずに読める。同じ出版社から出てるChildren's Illustrated Encyclopediaだと、普通に文字の間にイラストがレイアウトされてて1冊ものの600ページ。もう一つ上のは、Illustrated Family Encyclopediaで2巻もので文字も小さくなって900ページくらい。DK First Children’s Encyclopediaにはドイツ語訳(Das große Kinderlexikon)があるし、同じくらいのレベルだとフランス語ならラルースのMa Première Encyclopédie Larousseがある。


    DK First Encyclopedia1 Vol.Ages 4-8.
    DK How Things Work Encyclopedia1 Vol.Ages 7-12.
    Scholastic Children's Encyclopedia1 Vol.Ages 8-12.
    DK Children's Illustrated Encyclopedia1 Vol.Ages 9 and older.
    DK Illustrated Family Encyclopedia2 Vols.+IndexAges 9 and older.
    Britannica Discovery Library12 Vols.Ages 3-6
    Britannica Learning Library17 Vols.Ages 7-11.
    My Fist Britannica13 Vols.Ages 7-11.
    Britannica Illustrated Science Library18 Vols.Ages 10 and older.






    (日曜、図書館、カウンターの近く)

    司書:何かお探しですか?

    父親:いや、あの、いつも娘がお世話になっております。

    司書:ああ、聞いております。どうぞこちらへ。

    父親:先に〈彼〉のところに行ったのですが、声がかけにくい雰囲気で。

    司書:この時間だと、まだ〈日課〉を済ませている最中でしょう。しばらくするとこちらに来ると思います。

    父親:〈彼〉には先生が手ほどきされたと伺ったのですが。

    司書:先生はやめてください。探しものをいくらか手伝ったことがあるだけです。

    父親:あの、辞書を写すというのは?

    司書:彼が自分ではじめました。箕作阮甫に弟子入りを断られた勝海舟が蘭和辞典を筆写した話や少年時代『和漢三才図会』などを書き写した南方熊楠のエピソードなどからヒントを得たようです。

    父親:はあ、そういえば聞いたことがありますが。

    司書:先人がいかに学んだかを述べた文献には、書物や辞典を書き写すというやり方がよく出てきます。安価な複製手段がなかったのはもちろんですが、人と書物の関わり方でいえば、そうすることが不自然でない時代が長かったのかもしれません。

    父親:書き写すことがですか?

    司書:ええ。筆写は書物の内容を血肉化するためにとられる通常の手法であり、読書のやり方の主たる一つでした。書物を読むことと書くこと、読書と執筆と出版は別のことではありませんでした。中国西晋の左思の詩集『三都賦』が洛陽の紙価を高からしめたのは、出版社が重版したからではなく、人々が争って筆写したためです。私たちが先人から引き継いだ文献はほとんどすべて誰かが筆写することで伝わったものです。彼らは未来の人たちのためよりもまず自身のために書き写したのです。読むことができる人はみな書き写すこともできました。書物は、少数の独占者によって複製され一元的に供給されるというより、次々に筆写されることによって、評判とともに、読者=筆写者というノードからノードへと手渡しされネットワークを広がっていったのです。

    父親:なにか今のネットやソーシャル・メディアの話を聞いているようです。

    司書:写筆者を一箇所に集めて組織化し管理したり、複製技術を独占しようとすることも、書物の歴史と同じくらい古い訳ですから、偏った見方であることは認めなくてはなりません。ですが、人々が各々コピーをつくり他の人に手渡していく光景は、人類にしても書物にしても、はじめて見たものではありません。もちろん書物が広がっていったネットワークは、我々が現在目にしているものよりずっと疎らで小規模でした。書物を書き写すことは、スキャナーにかけるよりは時間も労力もかかることですから。しかし書物を写す作業が可能性としては本を読むことができるすべての人に分散していたからこそ、多くの書物は幸運にも残ったといえるかもしれません。独占的な複製者によって一元的に提供されているなら、ある書物を葬り去ろうという企てはずっと容易に実現したでしょう。

    父親:出版社というか、複製拠点をおさえてしまえばいい。

    司書:ええ。しかし読み手の誰もが複製者になり得るならば、その企てはずっと難しくなります。……おや、どうやら〈日課〉が済んだようですね。二人が来たら、テラスの方へ移りませんか。この話を続けるのにうってつけの、古い樫の木のテーブルがあります。







     
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