上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
     リチェルカトーレ(Ricercatore)。

     英語ならResearcherにあたるイタリア語だが、その意味の幅はより広く、キノコ探しの職人から、図書館Bibliotecaにすくう「本の虫」に至るまで、イタリアではそう呼ぶ。

     フランス語には rat a bibliotheque「図書館のネズミ」という表現があるが、サルトルは『嘔吐』で、そうした人物に悲惨な結末を与えている。図書館の本を片っ端からアルファベット順に読んでいくという独学者は、図書館内で忌まわしい行為を犯し、追放されてしまう。

     南方熊楠も大英博物館図書室に入室が許されていた頃、人を殴って追放されてしまうのだが、我々が知る熊楠は、むしろそこからはじまる。

     では、リチェルカトーレについて紹介している若桑みどり氏の図書館論を引こう。

    「イタリアには図書館で生涯を送る人々がいる。それをリチェルカトーレ(探求者)という。大学の教授か、退職した教師か、素人学者か、市民か、それは問題ではない。図書館の原点である修道院、信心会図書館には「瞑想・沈思」の空間的環境がある。疲労した研究者には花の咲き乱れる中庭と噴水,ベンチがある。
     ヴァティカン図書館(ビブリオテーカ・アポストリカ)には目覚めるためのカフェ、喫煙所が設けられている。但し図書を破壊しないためにそれは屋根の上の開放的空間におかれる。図書館が機能的利用機関ではなく瞑想的生(Vita Contemplativa)の空間であることは人々のなかで定着した観念である。」

    http://web.archive.org/web/20010514173426/http://www.ulis.ac.jp/library/Choken/2000/6_2.html
    Top Ten Reasons Why God Never Got Tenure at Any University

    1. He only had one major publication.
    (主著が1冊しか無い)

    2. It was in Hebrew and had no references.
    (しかもヘブライ語で書かれていて、参考文献も無い)

    3. It wasn't published in a refereed journal and some doubt that he even wrote it Himself.
    (審査のある学術誌に載った訳でもなく、彼が書いたことが疑わしいものもある)

    4. It may be true that He created the world, but what has He done since then ?
    (彼が世界を作ったのは本当かもしれないが、その後何かやっただろうか=(意訳)=神様は一発屋である)

    5. The scientific community has had a hard time replicating His results.
    (科学者コミュニティは彼の実験結果の再現に失敗してきた=意訳=彼の実験は再現性に問題がある)

    6. He never applied to the Ethics Board for permission to use live subjects.
    (生命操作するのに、倫理委員会の許可を得なかった)

    7. When one experiment went away, He tried to cover it up by drowning the subjects.
    (ある実験が失敗した時、洪水で押し流してすまそうとした)

    8. He rarely came to class, just told students to read the Book.
    (彼はほとんど授業に来ず、ただ学生に本(聖書)を読んでおけと指示しただけ=意訳=彼の授業はほとんどが自習である)

    9. Although there were only ten requirements, most students failed His tests.
    (テストはたった10問しかないが、ほとんどの学生はパスしない=注=ten requirementsは、十戒の意)

    10. His office hours were infrequent and usually had held on a mountain top.
    (彼のオフィスアワー(学生の質問のために設けられる時間)はめったに無く、あったとしても大抵は山の上で開かれる)



     地方紙のコラムだかに、作家を名乗る者が

    「図書館は存在自体が著作権違反だ。私の本を図書館に置くな、図書館で読まれたらその分売れなくなる。商売あがったり、だ」

    なる趣旨の文章を書いていた(らしい)。父親に聞いた話だから、少々怪しいが大まかにはそういう趣旨だったらしい。

     なんともセコイ話である。

     おそらくは本音トークなのだろうが、意味するところのなさけなさに気づかないバカ本音である。

     著作権の最近の議論に、優れた作品にpublicが接しやすいことがむしろ重要なのであって、著作権はそういう作品を生み出そうとする作者に対してインセンティブを与えるためのものだというのがある(らしい)。

     著作権と本を読める権利の双方があるとしたら、著作権の方はむしろ「手段」であって、「本を読める権利」の方が「目的」で優先する。
     たとえば作家の遺族が、「相続した著作権」を盾にとって、みんなが読みたいその著作の出版を一切認めない、というのは本末転倒という訳である。
     してみれば、己の著作権を盾に、人々が図書館を通じてその著作に触れる権利を侵害するのは、本末転倒以外の何ものでもない。

     しかし、著作権に関する怪しげな説を持ち出さなくても、このせこさは次のように指摘できる。父曰く、
    「作家なんかしていて、これまで一度も図書館を利用したことがないのか、こいつ」。

     誰も、何も読まずして自ら書き始めることはできない。
     書き手はまず読み手であったはずで、自分で本を購買せず図書館で自分の読書生活のいくらかを過ごしたことのない作家は考えにくい。
     なのに自分の本だけは買えというのはやらずぶったくりである(いうまでもなく、図書館だって金を出して書籍を購入しているのである)。

     もっとも「図書館は存在自体が著作権違反だ」なる品性の卑しい考えをする人間は、最低限の教養を身につけるその程度の読書をもせずに作家になってしまった可能性だってあるが。

     もっと言えば、この作家が使っている文字や単語や日本語文法だって、この作家の発明品でもなければ、この作家が自分の読者にいちいち教えに回ったものでもない。
     この作家は日本語や言語文化に使用料を払っていない(フリーライダー!!)。
     様々な人が教え伝えあった成果に、読み書きをくりかえし人が読みたくなる作品を作りあった成果に、たとえば図書館でお気に入りの作品に出会い読書することの楽しさを知るといった積み重ねの上に、つまりこれら積み重なった言語文化に、この作家はただ乗りしているのである。

    サイバースペースの著作権―知的財産は守れるのか (中公新書)サイバースペースの著作権―知的財産は守れるのか (中公新書)
    (1996/09)
    名和 小太郎

    商品詳細を見る


    コモンズコモンズ
    (2002/11/30)
    ローレンス・レッシグ

    商品詳細を見る
    ... 続きを読む
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。